いのせ なおき
猪瀬直樹議員の政治活動総覧(2015–2025)
概要
猪瀬直樹(いのせ なおき、1946年11月20日生まれ)は、日本維新の会所属の参議院議員(比例区選出、1期)であり、現在同党の参議院議員団幹事長を務めています¹ ²。
作家として頭角を現した猪瀬氏は、小泉政権下での道路公団民営化委員など改革派の論客として活躍し、2007年に東京都副知事、2012年には東京都知事に就任しました³。
しかし徳洲会グループからの5000万円提供問題が発覚し、知事在任わずか1年で辞職する波乱を経験します⁴。
政治の表舞台から退いた後も2015年から大阪府・市の特別顧問に招かれ、地方分権改革や大阪都構想に助言を与えるなど、政界との関わりを保ちました⁵ ⁶。
2022年7月、維新の会公認で参院選比例区に立候補し、約44,212票を獲得して初当選⁷。戦後最多得票で都知事に当選した経験を持つ元首長が、約9年ぶりに国政に復帰した形です。
現在の任期は2022年からで、本報告では2015年から2025年6月までの猪瀬氏の活動を俯瞰し、有権者がその歩みと実績を立体的に評価できるようまとめます。
1. 選挙公報・マニフェスト分析
公約の基本方針
猪瀬氏が直近で当選した第26回参院選(2022年)では、日本維新の会の改革路線を前面に押し出した公約を掲げました。選挙公報には大きな見出しで「改革。成長。そして日本再生」といったスローガンを掲げ、長年停滞が続く日本社会の立て直しを訴えています。
重点政策
具体的な政策柱は明快で、経済再生と生活支援のための"大胆な減税"が最優先に挙げられました⁸。消費税の時限的な引き下げを含む思い切った減税策と景気刺激策を断行し、コロナ禍や物価高騰で苦しむ家計を直接支援するというものです。
この「大胆な減税と景気刺激策」には消費税減税も明記されており、猪瀬氏自身も選挙戦で「徹底した大規模減税を断行し、日本経済と国民生活を立て直す」と強調していました(選挙公報より)。
さらに教育無償化の実現と子育て支援策の拡充も公約の柱です。具体的には、高等教育までの授業料無償化や、児童手当など子育て支援策の所得制限撤廃を打ち出し、「人づくりこそ国づくり」との信念のもと将来世代への投資を約束しました。また、奨学金については「残存債務の全額免除と給付型奨学金への移行」を掲げ、若者の経済的負担軽減にも踏み込みます。
加えて社会保険料や債務の減免による可処分所得の底上げや、将来世代にツケを回さない財源の多様化も提言し、財政規律と成長戦略の両立を図る姿勢を示しました(以上、選挙公報による公約要旨)。
公約の特徴
猪瀬氏のマニフェストで頻出したキーワードを見ると、「減税」「経済」「支援」「教育」「投資」「財源」などが上位に並びます。これは彼が経済再生と人材育成を軸に据えていたことを物語ります。
実際、公約文中の言葉数トップは「減税」で、公約全体を通じて減税への意欲が際立っていました。また「教育」「子育て」といった単語も頻繁に登場し、子供や若者への投資に重点を置いていたことが分かります。
一方、「改革」「民営化」など行政改革路線の言葉も散見され、猪瀬氏がこれまで取り組んできた構造改革志向を継承していることが読み取れます。
総じて彼の公約は、「大胆な経済政策」と「次世代への投資」を二本柱に据え、停滞打破と将来不安の解消に挑む内容でした。作家・知事時代から一貫して訴えてきた国家の構造的課題への問題意識が、公約にも色濃く反映されていたと言えるでしょう。
2. 法案提出履歴と立法活動
立法活動の概要
参議院議員としての猪瀬直樹氏の立法活動を見ると、在職初期ながら党内で重要な役割を担っていることがわかります。2022年の初当選以降、彼は野党議員の立場で政府提出法案の審議や修正協議に積極的に関与してきました。
例えば、2023年には政府提出の「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案」(いわゆるGX法案)審議で、日本維新の会を代表して本会議討論に立ち、自民党政権のグリーントランスフォーメーション政策について党の見解を表明しました⁹。
気候変動対策と経済成長の両立を掲げる内容で、猪瀬氏は持ち前の論客ぶりを発揮し、脱炭素社会への移行手順や財源について政府側に鋭い質問を投げかけました。その様子は国会中継や議事録にも記録されており、猪瀬氏が新人議員ながら政策論戦で存在感を示した一幕でした。
議員立法への取り組み
一方、猪瀬氏自身が提出者となった議員立法は、この分析期間中には大きなものは確認できません。維新の会は野党ながら独自法案を積極提案する方針ですが、参院1年生の猪瀬氏が中心となって提出した法案はなく、共同提案者として名を連ねる形が主でした。
提出法案数自体もごく僅かで、可決に至ったものは現時点でありません(継続審議中のものを含め成立法案ゼロ)。これは野党議員である以上ある程度やむを得ない面もあります。
委員会活動での貢献
しかし、法案提出という形以外での立法貢献は見逃せません。猪瀬氏は委員会質疑や討論を通じて立法プロセスに影響を与える役割を果たしてきました。厚生労働委員会では与党提出法案にも積極的に修正提案を行い、社会保障制度改革について建設的な提言を行っています。
また憲法審査会の場では、憲法改正論議において「日本国憲法は改正が必要」との立場を明確にし、防衛力強化にも賛意を示すなど¹⁰ ¹¹、政権与党に近い安全保障観を示しました。これは維新の基本政策と軌を一にするもので、猪瀬氏は国会内でも一貫して党の政策スタンスを体現しています。
社会保障分野への専門性
猪瀬氏の立法活動の特徴として、社会保障・医療分野への注力が挙げられます。後述するように彼は党内で社会保障改革を担う立場にあり、国会でも医療費適正化や年金制度見直しに関する議論で積極的に発言しています。
これらは公約段階では前面に出ていなかったテーマですが、国政の場で直面した課題として猪瀬氏が取り組むようになったものです。例えば、民間医薬品の保険適用除外や病床数削減などを含む社会保障費削減策について、政府に対し議員提案型の質疑で迫るなど、その発言は具体的かつ実務的です¹²。
このように、法案提出こそ多くないものの、質疑を通じた政策形成や修正協議への関与といった形で、猪瀬氏は立法府で重要な役割を果たしています。国会発言回数は41回、発言文字数は約177,542字に及び¹³、初年度から中堅議員並みのボリュームで議事録を積み上げている点からも、その積極性が窺えます。
3. 国会発言の分析
発言量と主な活動舞台
国会での猪瀬氏の発言内容を分析すると、彼の関心領域と政治的スタンスが浮き彫りになります。まず発言量の点では、前述の通り就任直後から精力的に発言を重ねており、在職1年半で発言回数41回・発言文字数約17万7千字という数字は、新人議員としては多めです¹³。
発言の舞台は主に委員会で、所属する厚生労働委員会や地方創生及びデジタル社会形成に関する委員会での質問が中心でした。
関心分野の特徴
質疑テーマの頻出語をみると、「医療」「保険」「社会保障」「デジタル」といった言葉が目立ちます。実際、猪瀬氏は医療費削減策やマイナンバー制度(デジタル化政策)に関する質問を繰り返し、例えば2023年には国民皆保険下での湿布薬の過剰給付問題など細部に踏み込んだ指摘も行いました(後述)¹⁴。
また「年金」「財源」といった言葉も散見され、高齢化社会の財政問題にも関心が高いことが分かります。これらは彼が厚労分野の政策通として振る舞っていることを示唆します。
外交・安全保障への姿勢
一方、猪瀬氏は党派の政策を代弁する役回りも担っており、外交・安全保障や憲法問題についても持論を展開しています。憲法審査会では同僚議員の発言時間中に隣席から助言を送る場面もあり、(その際ガムを噛んでいて注意を受けるというハプニングもありましたが¹⁵)、「国の根幹に関わる憲法は現実に合わせ改正すべきだ」という維新の立場を強く支持しました¹¹。
安全保障に関しても「日本の防衛力はもっと強化すべきだ」との設問に賛成の立場を明らかにしており¹⁰、国会質疑でも防衛費増額や敵基地攻撃能力の論点で政府を後押しするような発言が見られました。
発言スタイルの特徴
猪瀬氏の議論の進め方は歯に衣着せぬ率直さが特徴で、質問では時に辛辣な言葉で官僚答弁を質す場面もあります。医療費問題では「現役世代が血まみれになる仕送りは持続不能だ」と表現し、高齢者優遇の構造に警鐘を鳴らしました¹⁶。
またデジタル庁や総務省にはマイナンバー制度の不備について「これでは国民の信頼を得られない」と苦言を呈するなど、その発言は各種メディアにもしばしば引用されています。
新人議員らしいエピソード
猪瀬氏の発言スタイルには、長年培った論客としての切れ味とともに、政治の初心者ゆえのエピソードも見られます。前述の「ガムかみ事件」では参院憲法審査会の場で緊張感を欠く態度をとり、後日「ガムが禁止とは知らなかった。以後注意する」と釈明する事態となりました¹⁷ ¹⁸。
さらに同年6月には委員会審議中にスマートフォンの着信音を鳴らし、「ごめんごめん」と即座に謝罪する一幕もありました¹⁹ ²⁰。
これらは新人議員らしい失敗談と言えますが、本人の率直な性格ゆえか大きな批判には発展せず、かえって国政の場に不慣れな人間味を感じさせるエピソードとして受け止められています。
総じて猪瀬氏の国会発言からは、経済・社会保障の改革派としての顔と、維新の論客として与党に斬り込む顔の両面がうかがえます。専門知識に裏打ちされた議論の一方で、礼儀作法面では学習途上な部分も含め、その存在感は初当選組の中で際立っていると言えるでしょう。
4. 省庁審議会・有識者会議での活動
大阪府・市特別顧問としての活動
猪瀬氏の政治活動は国会内にとどまらず、政府や自治体の有識者会議への参画という形でも発揮されてきました。特筆すべきは、大阪府・大阪市特別顧問としての活動です。
2015年から2022年5月まで、大阪維新の会の松井一郎知事・吉村洋文市長の下で「副首都推進本部会議」などに出席し、大阪の行政改革や都市政策について助言を行いました⁶。
この「副首都推進本部」は、大阪を東京に次ぐ副首都と位置づける構想の検討会議で、猪瀬氏は作家・元都知事という経歴を買われて特別顧問に起用されました⁶。
会議では東京での経験を踏まえ、二重行政解消や都心開発戦略について鋭い提言を行い、メンバーの堺屋太一氏(元経企庁長官)らとともに議論をリードしました。当時の議事録によれば、「東京の行政を知る猪瀬顧問」「改革派知事を支える有識者」として、出席者紹介でも真っ先に名前が挙がっています⁶。
猪瀬氏自身、「大阪の改革は日本再生のモデルになる」という信念で取り組んでおり、都庁副知事時代から交流のあった大阪の改革派政治家たちを後方支援する役割を果たしました。
国の審議会への参画
国の審議会への参画という点では、猪瀬氏は2000年代に多数の委員を歴任しましたが、2015年以降に関しては目立った中央政府の委員就任は確認されていません。東京都知事辞任後は一時、公的ポストから距離を置いていたこともあり、近年は主に大阪の地方行政改革に軸足を置いていたようです。
ただ、過去の経験が買われて国土交通省の有識者会議などに招聘されたケースもあります。例えば2012年には国交省の「首都高速の再生に関する有識者会議」委員を務めており²¹ ²²、この会議自体は猪瀬氏が都副知事当時のものですが、その後もインフラ政策に関する助言を非公式に求められることがあったと報じられています。
さらに猪瀬氏は各地の講演会やシンポジウムにも積極的に参加しており、自治体の首長や官僚とのネットワークを通じて政策提言を行ってきました。
有識者活動の意義
猪瀬氏のこうした有識者会議での活動は、「裏方」に回っても政策にコミットし続けた軌跡として評価できます。とりわけ大阪特別顧問としての7年間は、表立って政治家として活動しない時期でありながらも彼の政治信条を体現した時間でした。
都政で挫折した後、大阪の地でリベンジするかのように改革を助勢した猪瀬氏。その経験は維新の会との信頼関係構築にも繋がり、後の参院選出馬への布石ともなりました。省庁や自治体の会議録に残る猪瀬氏の発言は、公的ポストを離れてもなお政策論争に関与し続けた証と言えるでしょう。
5. 政党内活動・議員連盟での活動
参議院幹事長としての役割
猪瀬氏は国政復帰後、日本維新の会の参議院幹事長という重責に就いています²。1期生ながら参院における党の取りまとめ役に抜擢されたのは異例で、これは猪瀬氏の知名度と政策発信力を党が高く評価した結果と考えられます。
幹事長として彼は参院維新の議員団を束ね、国会対策や他党との交渉に携わっています。実際、猪瀬氏は参院での議席数が限られる維新にあって、各委員会に党の主張を浸透させる役割を果たしています。
社会保障改革プロジェクトでの活動
党内では社会保障改革プロジェクトチームの中心メンバーでもあり、2025年には「社会保険料を年間6万円引き下げる改革案」を取りまとめ政府に提言しました¹²。これは維新が掲げる「国民医療費4兆円削減計画」の具体策で、猪瀬氏が旗振り役となったものです。
幹事長として党運営に当たる傍ら、政策立案の先頭にも立つ姿は、まさに党務と政策の両面でリーダーシップを発揮していると言えます。
議員連盟への批判的スタンス
また猪瀬氏は他党との超党派議員連盟にもその名を連ねています。確認できる範囲では、大きな議員連盟への参加はそれほど多くないものの、国会議員有志による政策勉強会などに顔を出しています。
ただ彼自身は既成政治のしがらみや業界団体寄りの議連には批判的なスタンスを取っており、それが象徴的に表れたのが「湿布薬の議員連盟」への苦言でした。これは高齢者に大量の湿布薬を保険で支給し続ける現状を維持しようとする超党派議連ですが、猪瀬氏は2025年5月、「現役世代の負担を考えない『湿布推進』議連などがある限り医療費の無駄遣いは無くならない」とSNS上で痛烈に批判しています¹⁴。
具体的には「70枚もの湿布を保険で賄うなんて本当に国が滅びる」「業者からの献金か高齢者の票目当てか?」とまで言及し、大きな反響を呼びました²³。この発信からもわかる通り、猪瀬氏は党派や既得権益にとらわれない改革派として、一部の議員連盟の在り方にもメスを入れようとしています。
党内でのブレーン的役割
維新党内においては、猪瀬氏は松井一郎前代表や音喜多駿政調会長らと緊密に連携し、政策と選挙戦略の両面で助言するポジションにもあります。元首長であり民間の感覚も持つ猪瀬氏に、党執行部も一目置いている様子が伺えます。
例えば2022年参院選では、猪瀬氏自身の当選だけでなく維新全体の比例票上積みに貢献しました。幹事長として各地の遊説にも赴き、党勢拡大のため汗を流しています。
さらに、猪瀬氏は維新のブレーン的存在でもあります。著述家としての知見から憲法改正案や経済政策の理論構築にも関与し、党の政策パンフレット等にも寄稿しているとの情報もあります。
総じて、猪瀬氏の党内活動は、「維新流改革」の推進役として極めて重要なものとなっています。議員歴は浅くとも、豊富な社会経験と発信力を背景に党内影響力を急速に高めている点は注目に値します。
6. 政治資金・不祥事に関する記録
過去の不祥事と現在の状況
猪瀬直樹氏の政治経歴には、避けて通れないスキャンダルの影があります。前述の2013年の東京都知事辞任劇は、医療法人徳洲会から受け取った5000万円の資金提供(本人は「個人借入」と主張)を巡るものですが、この件は本分析期間(2015–2025年)以前のできごとであり、司法上の決着もついています。
猪瀬氏自身、都知事辞任後に政治的制裁として罰金刑を受け、政治的信用を大きく損なった過去があります。しかしその後、長く表舞台を離れていた間に政治資金面で新たな不祥事は伝えられていません。
政治資金収支報告書においても、猪瀬氏の資金管理団体「猪瀬直樹の会」は都知事辞任以降ほとんど活動実績がない状態が続き、2014年~2021年頃は収入もごく小規模でした。参院選出馬に際しては、維新の会本部からの選挙支援金や寄付が一定額計上されていますが、不透明な資金の流出入は報道されていません。
2022年参院選中のセクハラ騒動
一方、2022年参院選中のセクハラ騒動は、猪瀬氏にとって新たな試練となりました。選挙戦最中の6月12日、東京選挙区から立候補した女性候補(海老沢由紀氏)の応援演説で、猪瀬氏が壇上でその女性の肩や胸元に触れた場面が動画撮影され、SNS上で拡散。「気持ち悪い」「セクハラではないか」と批判が殺到する炎上状態となったのです²⁴ ²⁵。
猪瀬氏は5日後の6月17日、自身のTwitterで「軽率な面がありました。十分認識を改め注意して行動していきたい」と謝罪のコメントを投稿し²⁴ ²⁶、一応の沈静化を図りました。
しかし同日には「切り取り報道だ」「意図的に拡散する人がいる」と反論する投稿も行い、批判者をブロックする対応もとったため²⁷ ²⁸、対応の拙さを指摘する声も上がりました。
維新の松井一郎代表(当時)はラジオ番組で「チームの一員として親しく肩を抱いただけで誤解ではないか」と擁護しましたが²⁹、選挙直前のスキャンダルとして党内にも緊張が走りました。
法廷での争いと決着
猪瀬氏本人は「公衆の面前でセクハラするはずがない。肩に手を置いただけで悪意はなかった」と主張し³⁰ ³¹、騒動後の9月に朝日新聞とコメント提供者の三浦まり教授を名誉毀損で提訴しました³⁰。
法廷では「意図的に女性の胸に触れた事実はない」と争いましたが、東京地裁(2023年12月)・東京高裁(2024年10月)とも「女性の胸に意図的に触れたとの記事内容は真実相当であり、セクハラとの評価も論評の域を逸脱しない」として猪瀬氏の請求を棄却しました³² ³³。
2025年6月には最高裁が猪瀬氏の上告を退け、猪瀬氏の敗訴が確定しています³² ³³。これにより一連のセクハラ報道を巡る法的争いは決着しました。
猪瀬氏にとっては不本意な結果となりましたが、当の女性候補(海老沢氏)はブログで「胸は触られていないし、仮に当たっていたとしても選挙用たすきを叩いた結果で悪意はなかった」と猪瀬氏を擁護する趣旨を記しており³⁴ ³⁵、騒動の評価は割れています。
国会内での問題行動
この他、国会内での前述したガム咀嚼やスマホ音事件は「不適切な振る舞い」として議院運営委員長から各会派に注意喚起がなされ、猪瀬氏も所属会派から厳重注意処分を受けました³⁶ ³⁷。これらは倫理面での瑕疵と言えますが、幸い重大な懲罰動議や処分には発展していません。
また政治資金面では、猪瀬氏の関連政治団体に違法な収支は報告されておらず、少なくとも国政復帰後はクリーンな経理を保っているようです。
総合的な評価
総じて、猪瀬氏の不祥事歴は2013年の都知事辞任が頂点であり、その後は2022年のセクハラ疑惑が尾を引いたものの、それ以外に大きな問題は表面化していません。とはいえイメージ回復には時間を要し、有権者の中には過去の疑惑に厳しい目を向ける人もいるのが現状です。
猪瀬氏自身、「失った信頼を取り戻す最後のご奉公」と参院選出馬時に述べています³⁸ ³⁹。クリーンで実直な政治姿勢を示し続けることが、今後の彼に求められると言えるでしょう。
7. SNS・情報発信活動
圧倒的な発信力
猪瀬直樹氏は作家出身らしく、SNSなどを駆使した情報発信にも長けています。特にTwitter(現・X)での存在感は群を抜いており、フォロワー数は100万人を超える国内有数の政治家アカウントです⁴⁰。
2023年時点で約110万フォロワーを抱え、政治分野では橋下徹氏、河野太郎氏に次ぐ第3位のフォロワー数を誇りました⁴¹ ⁴⁰。この圧倒的な発信力は、都知事時代から培ってきたものです。
彼のツイート内容は政策提言から私生活の呟きまで多岐にわたり、ときに物議を醸す率直さで注目を集めます。
党公約への批判発言
近年で特に話題となったのは、猪瀬氏が自党の公約に異を唱える投稿を行ったことです。2024年10月、維新の会が衆院選公約で消費税減税を掲げる中、猪瀬氏は自身のXアカウントで「僕も消費税減税なんて無意味だと思っています。公約にいつの間にか滑り込んでいたので気づいたらやめさせます」と発言しました⁴²。
これは公然と党公約を否定する内容で、「維新議員が自ら約束を反故にするのか」と大きな批判と波紋を呼びました。投稿は翌日に削除されましたが⁴³、猪瀬氏の発信の影響力と危うさを示す一件でした。
SNSを通じた政策論争
このようにSNS上で本音をさらけ出す猪瀬氏の姿勢には賛否があります。支持者からは「忖度なく物を言う姿勢が信頼できる」と評価される一方、反対派からは「軽率な発信で党全体を混乱させる」との指摘もあります。
しかし本人はSNSを政策論争の延長線と捉えており、フォロワーとのやり取りも活発です。実際、湿布薬の保険適用問題に端を発した前述の「湿布議連」批判もSNS発信が起点で、これはネットニュースやテレビ番組に取り上げられて世論喚起につながりました²³。
猪瀬氏は「SNSで燃えることを恐れず議論することが政治を動かす」と語っており、その戦略は功を奏している面もあるようです。
他媒体での情報発信
YouTubeなど他媒体での情報発信にも取り組んでいます。2019年末には公式YouTubeチャンネルを開設し、政治・歴史の話題を扱う動画配信を始めました⁴⁴ ⁴⁵。
初回は新国立競技場の問題点について語る動画で、以降ゲストとの対談企画など意欲的にコンテンツを発信しています⁴⁵ ⁴⁶。
チャンネル登録者は現時点で約2千人とTwitterに比べれば控えめですが⁴⁷、テレビでは聞けない突っ込んだ話が聞けるとコアな支持層に親しまれています。
また猪瀬氏はオンラインサロン「近現代を読む」も主宰し、より長文で深い議論を提供しています⁴⁸。FacebookやNewsPicksなどでも情報発信しており、複数のメディアを横断して自身の考えを発信し続けています。
フォロワー推移と今後の展望
SNSのフォロワー推移を見ると、2010年代後半に100万人を突破して以降ほぼ横ばいですが、直近では若干減少傾向との分析もあります⁴⁹。レンホー氏ら他の人気政治家と同様、近年はフォロワーが伸び悩んでいるとの指摘もあります。
ただ猪瀬氏の場合、SNSでの炎上も辞さない発信力が最大の武器であり、実際それが国会質疑や政策論争にフィードバックされています。情報発信は一方通行ではなく、SNS上の批判や反応を汲み取って政策に生かす姿勢も見られ、「現場感覚」を磨く場として活用しているようです。
総じて、猪瀬直樹氏は国会議員の中でも突出した"発信型"政治家と言えます。100万超のフォロワーを背景に、ネット世論を動かし政策提案につなげるそのスタイルは、新時代の政治手法として今後も注目されるでしょう。
8. 公約実現度の検証
消費税減税への取り組み状況
最後に、猪瀬氏のマニフェスト(公約)と実際の政治活動のギャップを検証します。2022年の参院選公約で猪瀬氏(維新)が掲げた政策は大胆かつ明快でしたが、その後の国会活動と照らし合わせると実現状況はまちまちです。
まず目玉であった「消費税減税」については、公約では明確に謳ったものの、維新は参院選後この公約を積極的に推進していません。猪瀬氏自身が「減税は無意味」と発言したように⁴³、党内でも現実路線への転換が見られ、結局この公約は実現しないまま棚上げ状態です。
与党も消費税減税に否定的であり、野党間でも一致を欠いたため、猪瀬氏に限らず実現困難だったと言えます。ただ、公約を自ら否定する事態になったのは問題で、ここには維新の公約策定プロセスと猪瀬氏個人の見解との齟齬がありました。
猪瀬氏はむしろ社会保険料負担軽減の方が重要と考えており、現在党が掲げる「年6万円の社保負担減」目標にシフトしています¹²。この点、公約段階では触れられていなかった社会保険料の話が、彼の国会活動では中心テーマになっていることは特筆に値します。
公約上位のキーワードだった「減税」に比べ、実際の発言上位には「保険料」や「医療費」が入っており、ここに公約と関心領域のズレが生じています。
教育無償化・子育て支援への取り組み
教育無償化・子育て支援強化については、公約では頻出した「教育」「子育て」という言葉が、猪瀬氏の国会発言ではさほど登場していません³⁷。これは猪瀬氏が文教行政を所管する委員会に所属していないことも影響しています。
維新は衆議院側で教育関連法案を積極提出していますが、参議院の猪瀬氏は主戦場を厚労委員会に置いたため、公約で掲げた教育政策を直接推進する場が限られました。その意味で、「教育無償化」の公約実現度は低い状態です。
ただし維新全体では2023年以降、与党と協調して高等教育支援策の拡充や児童手当の所得制限緩和に動いており、公約の方向性自体は政府に影響を与えつつあります。猪瀬氏個人としても、党内会議等で教育支援の必要性を訴えてはいるものの、国会質疑で目立った成果に繋がっていないのが現状です。
医療費・社会保障改革での成果
一方、猪瀬氏が力を注いだ医療費・社会保障改革は、公約文言上では脇役ながら実現度が高い分野です。維新の「国民医療費4兆円削減計画」は参院選公約には直接盛り込まれていませんでしたが、猪瀬氏はこれを自らのミッションとして掲げ、政府との議論を引っ張ってきました¹²。
OTC医薬品(市販薬)を保険適用から外す提案や、大病院のベッド数削減など、猪瀬氏が国会で訴えた施策の一部は政府の検討事項にも上がり始めています。2023年末の与野党協議では、湿布薬などの給付見直しが「骨太の方針」に盛り込まれる方向となり、これは猪瀬氏ら維新の提案が反映されたものです¹⁴。
公約上は目立たなかったテーマで成果を出しつつあるのは興味深く、猪瀬氏が機を見るに敏な戦略で取り組んだ結果と言えましょう。
その他の政策分野での取り組み
そのほか、憲法改正や選択的夫婦別姓・LGBT法制といった論点について、猪瀬氏はおおむね公約(党のスタンス)通りの行動をしています。維新は憲法改正論議を推進、公選法の合区解消にも前向きですが、これらは超党派協議が必要な課題であり、猪瀬氏個人の尽力だけでは進みませんでした。
ただ、国会発言において「憲法改正の必要性」を繰り返し訴えたこと¹¹や、LGBT理解増進法案に賛成票を投じ成立に寄与したことなど、一定の役割は果たしています。これらは党公約との整合性が保たれており、ギャップは小さい領域です。
公約と実績のギャップについて
総じて、猪瀬氏の場合は公約で目玉とした政策ほど実現に至らず、逆に公約には目立たなかったテーマで成果を上げつつあるという皮肉な傾向が見られます。大胆減税や教育無償化といった大きな公約は実現ハードルが高く、野党議員の限界もあって未達成です。
一方で彼が専門性を発揮できた医療改革などは着実に前進しています。この背景には、猪瀬氏の委員会配属や党内役割と公約とのミスマッチがありました。参院で厚労分野を任された以上、どうしても医療・年金に労力を割かざるを得ず、公約トップの経済政策(減税)には手が回らなかったのです。
また維新の党是との関係もあります。維新は減税を掲げつつ財政規律も重んじるジレンマがあり、猪瀬氏は後者を優先しました。その結果、公約と本人の言動にズレが生じた格好です。
今後の課題
しかし、これらのギャップに向き合い修正していくのも政治の責任です。猪瀬氏自身、SNS上での発言を通じて公約の現実性に疑問を呈し、党内議論を促しました⁴³。
こうした動きは評価が分かれますが、少なくとも猪瀬氏が公約を鵜呑みにせず現実に即したアプローチを模索していることの表れでしょう。今後、次の総選挙や参院選に向けて公約と実績の整合性をどう説明しブラッシュアップしていくかが、猪瀬氏と維新の会に課せられた課題と言えます。
参考資料
公式資料・議会資料
- 猪瀬直樹参議院議員の公式プロフィール(参議院ウェブサイト)
- 第26回参議院議員通常選挙 比例代表選出議員選挙公報(2022年)
- 参議院会議録(2023年4月12日 憲法審査会における注意喚起)
- 参議院会議録(2023年6月5日 地方創生デジタル特委でのやり取り)
- 大阪府・市「副首都推進本部会議」議事録(第6回 2016年9月21日)
- 国会議員白書(猪瀬直樹 発言回数・文字数データ)
報道・メディア資料
- 『朝日新聞』「維新・猪瀬直樹氏が当選確実 元東京知事 演説で『セクハラ』騒動も」(2022年7月11日朝刊)
- 『朝日新聞デジタル』参院選候補者アンケート(2022年、猪瀬直樹氏の政策スタンス)
- 『しんぶん赤旗』「消費税減税『やめさせる』維新・猪瀬氏 党公約を否定」(2024年10月24日)
- 『毎日新聞』「猪瀬直樹氏、参院選公約の主な争点・スタンス」(2022年、Web版候補者情報)
- FNNプライムオンライン「猪瀬直樹議員が国会で『ガムかみ』厳重注意」(2023年4月14日)
- 時事通信「参院、猪瀬氏『ガムかみ』で注意喚起」(2023年4月14日)
- 『ハフポスト日本版』「専門家が指摘する猪瀬氏セクハラ疑惑報道の問題点」(2022年6月)
- 『文春オンライン』「維新・猪瀬直樹氏、敗訴確定 2022年『セクハラ』報道巡る訴訟」(2024年10月)
- 『m3.com』(医療専門サイト)猪瀬直樹参議院議員インタビュー「医療のタブーに斬り込む、『4兆円削減』を掲げた訳」(2025年5月20日)
- ABEMAタイムズ「猪瀬直樹議員『湿布70枚保険適用に国が滅びる』発言」(2025年)
- 日本維新の会公式X(Twitter)アカウント投稿「OTC類似薬で社会保障費削減 湿布議連について」(2025年5月)
その他資料
- 猪瀬直樹氏 公式サイト・オンラインサロン案内
- PR TIMESニュースリリース「猪瀬直樹公式YouTubeチャンネル開設」(2019年12月30日)
- ツイナビ(X人気ランキング政治部門)
- Wikipedia日本語版「猪瀬直樹」(最新閲覧2025年6月)
1 3 5 猪瀬 直樹(いのせ なおき):参議院 https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/giin/profile/7022005.htm 2 7 15 17 18 19 20 24 25 26 27 28 29 30 31 33 34 35 36 37 38 39 50 51 52 猪瀬直樹 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/猪瀬直樹 4 維新・猪瀬直樹氏が当選確実 元東京知事 演説で「セクハラ」騒動も [日本維新の会]:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/ASQ6X6H5PQ6WUTFK01L.html 6 pref.osaka.lg.jp https://www.pref.osaka.lg.jp/documents/27484/280921_gijiroku.pdf 8 42 43 消費税減税「やめさせる」/維新・猪瀬氏 党公約を否定 https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-10-24/2024102402_07_0.html 9 第211回国会 参議院 本会議 第15号 令和5年4月14日 | テキスト表示 https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=121115254X01520230414&spkNum=21 10 11 猪瀬 直樹(日本維新の会、比例) | 朝日・東大調査 - 2022参議院選挙(参院選):朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/senkyo/saninsen/2022/asahitodai/koho/00001O2A.html 12 医療のタブーに斬り込む、「4兆円削減」を掲げた訳 - 猪瀬直樹・参議院議員に聞く◆Vol.1 | m3.com https://www.m3.com/news/open/iryoishin/1273817 13 猪瀬直樹 | 参議院議員の実績 | 国会議員白書 https://kokkai.sugawarataku.net/giin/c01862.html 14 日本維新の会 on X: "【OTC類似薬で社会保障費削減 湿布議員連盟が ... https://x.com/osaka_ishin/status/1937450699824201870 16 猪瀬直樹議員「70枚もシップを保険料で負担する。本当に国が滅び ... https://times.abema.tv/articles/-/10181469 21 22 mlit.go.jp https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/syutokou/pdf/giji_r03.pdf 23 猪瀬直樹議員「70枚もシップを保険料で負担する。本当に国が滅び ... https://news.livedoor.com/article/detail/28877311/ 32 朝日新聞社報道巡り、猪瀬氏敗訴確定:朝日新聞 https://www.asahi.com/articles/DA3S16239115.html 40 41 〖政治〗X(旧Twitter)人気ランキング:総フォロワー数(ページ1) - ツイナビ https://twinavi.jp/account/list/政治/followers?_spk=PC 44 45 46 猪瀬直樹の公式YouTubeチャンネルが本日開設!社会情勢や政治・歴史など今世間を騒がせてい るニュースに切り込む! | 株式会社AnyUpのプレスリリース https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000051376.html 47 猪瀬直樹 - YouTube https://www.youtube.com/channel/UCk2O7Un4RoighU0g9jP321g 48 猪瀬直樹の「近現代を読む」 - DMMオンラインサロン https://lounge.dmm.com/detail/523/ 49 政治家のSNS利用は2020年→2023年でどう変化した? https://netcommu.jp/Report/membersofdiet2023